7月25日早朝、北朝鮮が元山付近から日本海に向けて弾道ミサイルを発射しました。韓国軍合同参謀本部の発表によると2発が確認され、水平方向の飛距離は430kmと690km、最大高度はどちらも50kmと伝えられています。飛距離430kmの方は5月に発射されたイスカンデル短距離弾道ミサイルの模倣品とほぼ同じ飛行性能であり、同じ物である可能性が高いと考えられますが、飛距離690kmの方は5月の発射時より遠くまで飛行しており、更なる改良型か別の新型ミサイルである可能性があります。
水平距離430kmで最大到達高度50kmの弾道ミサイルならば打ち出し角度が約20度の浅い弾道(ディプレスト軌道)となるので、最もよく飛ぶ角度の45度(最小エネルギー軌道)で飛ばした場合は水平距離600kmを超える最大射程を有していると推定できます。これはオリジナルのロシア製イスカンデル短距離弾道ミサイルに近い性能数値です。
水平距離690kmで最大到達高度50kmの弾道ミサイルならば打ち出し角度が約15度の浅い弾道(ディプレスト軌道)となるので、最もよく飛ぶ角度の45度(最小エネルギー軌道)で飛ばした場合は水平距離1200kmを超える最大射程を有していると推定できます。これはオリジナルのイスカンデルの最大射程を大きく超えており、ノドン準中距離弾道ミサイルに匹敵する最大射程を有していることになります。
つまり韓国軍の発表した水平距離と最大高度の数値が正しい場合、今回の北朝鮮のミサイルが浅い角度で発射された弾道ミサイルとするならば、能力的な最大射程は690kmではなく1200kmであり日本まで余裕をもって届く準中距離弾道ミサイルである可能性が出て来ます。日本への直接的な脅威となる上に、短距離弾道ミサイルまでなら問題視しない態度を取っていたアメリカを揺さぶる形になります。北朝鮮の脅迫が新たな次の段階に移ったことになるので、韓国軍の確認した数値が本当に正しいか精査して慎重に判断する必要があります。
翌7月26日に韓国軍合同参謀本部は飛距離690kmを600kmに修正、最大高度は50~60kmのままでしたので、能力的な最大射程は推定800~1000kmの短距離弾道ミサイルとなります。これはスカッドER並みの射程となり、距離800kmで大阪を、距離1000kmで静岡を狙える能力があります。
なお韓国軍合同参謀本部は25日に発射された北朝鮮ミサイルについて“ロシア製イスカンデル短距離弾道ミサイルに酷似したプルアップ機動が確認された”と公式説明しています。プルアップ(pull-up)とは下降段階で機首を持ち上げて滑空することを狙ったもので、北朝鮮の労働新聞の発表でも“滑空跳躍型飛行軌道”という表現がされています。ただしあくまでイスカンデルは弾道ミサイルの仲間であり形状も一般的な弾道ミサイルそのもので、弾道ミサイルの範疇の中で上下方向の小さな軌道変更を行うものなので、ブーストグライド兵器(滑空兵器)には分類されません。
同通信によれば、発射を現地で指導した金正恩党委員長は“南朝鮮の当局者らが世界の人々の前では『平和の握手』を演出して共同宣言や合意書のような文書をいじり、振り返っては最新攻撃型兵器の搬入と合同軍事演習の強行のような変なことをする二重的振る舞いを見せている”と述べたという。名指しこそ避けているが、“南朝鮮の当局者”とは文在寅大統領のことにほかならない。
北朝鮮はかねてから、韓国軍のステルス戦闘機導入や米韓軍が来月実施予定の合同演習に対する反発を強めていた。金正恩氏は、文在寅氏の“二枚舌”に相当、おかんむりということだろう。今回の発射は、それに対する対抗措置であるというわけだ。
だが、金正恩氏の狙いはそれだけだろうか。度重なる“新型戦術誘導兵器”の発射の裏には、韓国の態度を口実に、自国の防衛力を強化して置きたい意図が透けて見える。北朝鮮軍の混乱と弱体化は著しく、弾道ミサイルぐらいしか米韓と対峙するのに有効な兵器システムは見当たらない。
その上、このタイプの短距離弾道ミサイルについては、すでにトランプ米大統領の“お墨付き”を得ている。トランプ氏は北朝鮮が同種のミサイルを発射した際、問題視しない姿勢を取ったが、今回もまったく同様である。
同氏は今月25日、FOXニュースに電話出演し、北朝鮮の短距離ミサイル発射に関し“核実験もしていないし、発射実験も小さなものしか行っていない。北朝鮮とはうまくやっている”と述べたのだ。
一方、日本政府は大いに問題視しているわけだが、今回の発射では2発とも飛距離が600キロを超えていたこともわかった。打ち方によっては、日本の領土にも届くということであり、問題の深刻さは深まったと言える。
こうなると、本来なら日韓で協調姿勢を取り、米国に厳しい態度を取るよう要請すべきなのだが、かねてからの関係悪化でそれもままならない。情勢の間隙を縫い、金正恩氏は実に上手くやっていると言わざるを得ない。
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